About "AT通信"
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「題名の無い物語」---著[xxMILKxx]---画[オンモラキ]---
第二項
ヒルダの言う通り、桜は本当に見事な満開だった。
堂堂たる桜達の姿に、ただただ圧倒されるばかりであった。
無理矢理ドラゴンにされ、到着するまで不機嫌であったデメトリも、あの桜の姿を見て笑顔を零していた程だ。
ヒルダは料理の腕前もかなりのものである。味も申し分無い。
彼女手製の御弁当も当たり前に美味しかったのだが、いつもより美味しく感じたのは、やはりこの素晴らしい桜の所為であろう。
…心地よい風が桜の咲き誇る丘を通り抜ける。
薄い小さな花弁が、風に舞い空の青へと吸い込まれていった。
数ヶ月前此処が戦場であった等、誰が想像するだろうか。
「それにしても、本当に気持ちの良い所だな。有難う、ヒルダ。」
「いいえ、喜んで頂けた様で嬉しいですわ。」
「あー…もう食いきれねぇぜ…うっぷ。」
「ははは、お前は食いすぎだよ。」
「ええ、本当に。そんな細い体の何処に栄養が行くのかしら。ずるいですわ。」
「ふふん、俺の特権さ、特権。」
他愛も無い話で笑いあいながら、時間は穏やかに過ぎていった。
暫くして、デメトリの寝息が聞こえてくる。
「もう、折角外に出ましたのに。こんな所でも寝てしまいますのね。」
「仕方ないさ。だってこんなに気持ちがいいんだからね。
コイツは俺らを此処まで運んで来て疲れてるだろう。少し、寝かせとこうか。」
「そう、ですわね…仕様が在りませんね。」
「さて、僕は少しその辺を散歩するよ。二人のお邪魔はしたくないし、ね」
「え、ちょっと、どういうことですか隊長!」
僕はその場を立ち、そして緩やかな丘を下っていく。
「もう、隊長ったら!」と、ヒルダの叫ぶ声が聞こえたが、笑ってその場を後にした。
ヒルダはデメトリに好意を抱いている。
その事について彼女は皆にバレていないと思い込んでいた様だが、既に僕を含め、皆が感づいているのだ。
あのデメトリはどうも鈍感で、彼女の想いに気づいていない様子である。
うちの隊員はと云うと、あの微妙な関係の二人の話題で盛り上がっている。
つい先日、その場面をヒルダに見つかってこっぴどく怒られたと聞いているが。
普段の彼女とは違った、顔を赤くした少女の様な姿が垣間見れ、それがなんとも可愛気があるとの事だった。
丘を下りきると、小川が流れていた。
「恋、か」
透き通った綺麗な水に手をそっと入れる。
ひんやりとした冷たさが徐々に伝わっていく。
そのまま、時が止まったような気がした。
辺りには何も無い。
ただ川のせせらぎと、風の音が流れるだけの空間。
「手を挟まれるよ、とても痛いと思うなぁ。」
「へっ!?い、痛っ!」
ふと背後から声が聞こえて吃驚したのと、指に鋭い痛みが走ったので僕は素っ頓狂な声をあげてしまった。
驚いて川から手を引き抜く。
「か、カニ…?」
「そこにはサワガニさんのお家があるからね。あーあ、血が出ちゃってるね。大丈夫かな?」
声がした方に振り向くと、其処には銀髪の少女が微笑んでいた。
「き、君は…」
少女は僕の指についている小さなカニを上手く取り外し、川に戻した。
悪戯をした子供の様に僕を見て笑っている。
「どうしたの?狐につままれた様な顔をして。」
「え、いや…突然出てきたから、何処から来たのかと」
「ああ、ごめんなさい。先程から楽しそうな声が聞こえていたものだから。
…私も丁度桜を見に着たんだ。そしたら先客が居てね。秘密の場所だったんだけど。」
「そうか、すまんね、君の秘密の場所を奪ってしまって。」
「私は気にしてないよ。というより、余り人気の無い所だから寧ろ人に会えて嬉しいくらいなんだ。」
彼女が天然の緑の絨毯にふわりと座り込む。
長い銀髪がそよ風に靡き、其れが太陽の光に当たってキラキラと輝いていた。
「名前」
「…うん?」
何故、僕はこんな事を聞いているのだろう。
初めて逢ったばかりなのに。それもこんな辺境の地で。
そんなことを考える前に、言葉は既に口から出てしまっていた。
「僕の名前は、アルヴィ」
僕は、まっすぐに彼女を見つめた。
少女の瞳は、吸い込まれそうなぐらいに澄んだ青い色だった。
「私は、イオ」
目を細めてイオが笑う。
その無邪気な笑顔に、僕は恋に落ちてしまった。
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